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2008年6月 9日 (月)

秋葉原事件に思うこと

日曜日悲惨な事件があったのはご存知であろう。白昼、多くのひとの見ている前で、ひとを殺め続ける。いったい彼の精神状態はどうなっているのだろうか。やれ、政治が悪い、社会がゆがんでいるで終わらせるのは簡単かもしれないが、実際数年前、米国で無差別殺人が起こった時、日本に住んでいて良かったと思ったものだ。が、時代は変わったのかもしれない。さまざまな要因が絡んで、事件が起こったとしても、根本は親子のコミュニケーション不足ではなかろうかと思う。期待され(この辺の事情はわからんが)成績も悪くないのに、なにかの事情で進学をあきらめたということが書いてあったが、プライドの塊のような人間関係だったのかもしれない。確かに勉学は大事だろうが、彼はそれを語る人間でないことに誰も異論はあるまい。わしも子供の頃は、親が家業で忙しく、どちらかと言うとコミュニケーションも少なかったかもしれない。が、子供なりになぜ仕事が忙しいのか説明もされ、そこそこ理解していたようである。そんな親でも、なにやってもいいが、ひと様に迷惑かけるなということは結構頻繁に言われたし、親にも結構殴られたし、学校でも先生に差別するなということは口をすっぱくして言わていたような気がする。そしてもうカビの生えた言葉かもしれないが、子供は親の背中を見て育ってゆくもんだろう。いつの時代も子供はやっぱり子供なのである。表面賢くはなっても人間的にはまだまだ未熟なのである。小さい時に、かわいいかわいいで終わらせるのでなく、人間として守るべきはしっかり教えるべきだろう。果たして、昨今の親はどうなのであろうか。うちの子は関係ない。しっかり勉強だけしてればいいという考えの親も現実に多数いるのではなかろうか?あえて言わなくともそんなバカはやらないだろうと思いたいのだろうが、泣けるテレビドラマを見てる裏で、ひとを殺すゲームをなにげにやる、ひとにぎりの学校だろうが裏サイトで陰湿なことをやっても、普段は何食わぬ顔で平然としていそうなイメージがある。わしの危惧だけであればよいが、ないとほんとに言い切れるだろうか?そういった環境なら、だんだん人格が変貌しないとは言えないのではないだろうか?携帯の問題にしても、母子家庭とか持たせたい気持ちもわかる。しかし多くの子供は親が思うほどは物事の限度ということを理解していないのではないだろうか?わしは子もないゆえ、所詮わからぬことだが、世の親にはもう少ししっかりしてほしいと思う今日この頃である。最後に亡くなった方のご冥福をお祈りします。

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コメント

 拙者がダウンしているあいだに、社会的な記事が投稿されておる。
 中学までは、成績が良くて、高校で成績が悪くなって、自分の希望の大学に入れなかったりした挫折が原因かと思う。本当は本人に聞かないとわからないが。
 自分の思い通りにならないのが人生っていうことに気がついていれば、よかったのにと思う。自分の思い通りにいかない中をそれなりに、みんな人生を歩んでいることに気がついて欲しかった。

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