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2008年2月14日 (木)

本能寺の変真相その3

さてまた続きといこう。眠らないでちゃんと聞いてくれよ。怨恨説と並ぶ説に野望説がある。光秀が信長に仕えた当時から天下統一を密かに狙っていたということだ。信長が京の本能寺に出向いた時、たまたま主な重臣達は日本全国に地方軍司令官としてちらばっていた。中国地方は羽柴秀吉、北陸方面は柴田勝家、四国方面は丹羽長秀、関東方面は滝川一益、そして信長の同盟者家康は先に述べたように安土で接待された後、わずかな供と共に堺(大阪)見物といった具合である。さらに光秀は秀吉助太刀のため自国の丹波(京都)にて兵を集めるが、ここは本能寺のすぐ近くに位置する。乱を起こす上でこれほどの好条件はまずないだろう。怨恨説を主張する主な書は江戸時代に書かれたが、野望説をおす書は、秀吉時代に書かれたものが多い。通常、より時間に近い方が真実に近いのだが、ひとつ問題がある。秀吉の政権下で、怨恨が動機となった場合、光秀に同情の余地が入り、織田政権を奪った秀吉にとって都合が悪いのである。そこで野望説をピックアップさせれば、大義名分が立つのである。下克上の世とは言っても天下を統一するには戦に負けないのはもちろん、大儀名分がなければ、ひとびとはついてこないのであったわけだ。

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コメント

秀吉が、光秀をそそのかしたとかいう説はないのか?

いわゆる黒幕説ですな
それは次回ですら

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