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2007年10月

2007年10月27日 (土)

圧電スピーカーその後

皆の者、執着至極。本日は台風一家が参る故、皆の者も用心致せ。
さて例の工作進捗だが、またまた問題がいろいろ発生していたので報告しておこう。今回の工作ではマイコンにPIC16F88(http://akizukidenshi.com/catalog/items2.php?q=%22I-00567%22&s=popularity&p=1&r=1&page=&cl=1)を使うようにした。これはADコンバータを内蔵しているからである。値段は\230。今まで使っておったPICが\200ということを考えるとお得である。しかしながらリリースされて間もないこともあるのか、秋月純正ライターソフトUPDATEとライター基盤に多少の修正をほどこす必要があったのだ。これを知らずに書き込もうとしてライトエラーが発生したのだな。さっそく適用して書き込むことができ、よかった。危なくまたやる気がうせるとこだった。懸念の圧電スピーカーとの接続だが、とりあえずあの回路図のとうり、ブレッドボード上に展開してテストしてみた。最初音がしなくて、また頭にきてたんだが、接触がわるかったみたいで、いきなりブザーぽい音が鳴り出した時には、じ~んときたぜ。圧電素子とは電圧の変化で振動するものらしい。つまり音とは振動の変化なんでマイコンでHIGH/LOWのパルスを与えてやればいいらしい。わしの実験では1KHzのパルスを与えるようにした。知ってる人がみれば、なんだそんなことと思うだろうがな。手前に見える黒い丸いもんが圧電スピーカーじゃ。

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2007年10月24日 (水)

信長の話-第二話

今日はかの有名な桶狭間の合戦についてコメント致そう。1560年永禄3年、駿河/遠江/三河の太守であった今川義元は2万5千の兵を集め、隣国尾張に侵略を開始した。対する信長は尾張統一直後で動員兵力は2千ほど。重臣どもは当然のことながら籠城を進めるが信長は無視し続ける。この時、誰もがまさか義元を討ち取れるとは思いもせぬ。義元は決して愚鈍な武将ではなかった。隣国武田/北条と和約を結び憂いをなくしてから出陣とそれなりの準備を怠っていない。もともと義元出陣の目的は京に旗をたて足利将軍を敬うことであったと古来より言われるが、最近の諸説では単なる尾張への領土欲だけのようだ。後に作られた逸話だろうが、義元出陣前に家督争いに敗れた兄弟の亡霊が現れたり、不気味や女どもの泣き声が聞こえたという。義元の不幸は兵を分散して進入したこと(と言っても戦略的には普通である)、そして信長本陣の場所が最後まで把握できていないことであった。また進入直後より快進撃を続けた分、兵にも疲労があったと思われる。桶狭間という語源(正確には田楽狭間、桶狭間は逃亡先)から、信長はくぼ地めがけて兵を集中投入したと考えられてきたが、実は(桶狭間)山のふもとから一気に駆け上がり攻撃したという説が最近の主流のようだ。いくら軍休息のためとはいえ、見張りの兵ぐらい置いたであろうから、兵の統制ができぬ大混乱のうちに運悪く本陣を攻撃されたのであろう。またこの時、突然雷雨が鳴り響くほどの大雨が降り、視界がきかなかったのも信長の運を感じる。この日より信長は雨の日の戦を好んだという。戦後の論功行賞にあたっては従来の考えでは義元一番首をあげたものが評価されるはずだが、本陣休息場所という貴重な情報源を提供した部下を一番の評価としている。信長は情報戦の大事さを痛感したのであろう。しかし桶狭間より後で、信長が奇襲戦を用いたことはない。兵が多い方が勝利するというごく基本的な戦略を徹底した。

2007年10月16日 (火)

どうなったんだ?

Prj3 さて相変わらず滞っている計画だがどうにか回路図までは作ってみた。なぜこうも遅いかと言うと、基本を知らないため迷ってしまう。線と線のつながりは理解できても、抵抗値の決め方で疑問がたくさんわくのだ。まず図中の☆1、これは前に作った電光掲示板の回路をそのままもってきた。相変わらずPIN数が足りないので74154に助けてもらう。前のやつは1つのPNPに対して最大8個のLEDが点灯することを考慮し、MAX80mAの電流を想定した。これをPNP(2SA1815)の増幅率100倍でドライブするから、ベース電流は約1mAぐらいとなればよいので4.7Kとした。で今回だが1つのPNPに流れる電流は最大10mA(LED定格は前のと変わらない)なのでこのままでもよい(ほんとにあっとるかな)。次に☆2の5.1K、これはさっぱりわからない。いろいろなサイトを見てもOUT端子の先に抵抗をつけるひと、つけないひとまちまちで。。。次に☆3の圧電スピーカー回路部分、この抵抗値もさっぱりわからない。。。。しかも参考にしたのは3V電源で動作するやつだからまずいかも。1Kはボリューム用らしい。誰かこんなん詳しいひとおらんかいのぅ。

2007年10月15日 (月)

りく様参上

1 皆のもの、大儀である。今日はわしの知り合いを紹介いたそう。見よ!この凛々しいお姿!とても賢そうである。わしにもこんな部下がほしかった。でもこのお方、なんかわしのこと女と勘違いしとるようで、やたらすりよってくるのよね。。。。飼い主様、この場を借りてご協力頂き、感謝致しまする。

2007年10月10日 (水)

まぁ~ねぇ~

皆の者、これをあがめよ!(またかい)
選挙は民主党に入れたが福田さん修羅場くぐっとるのかさすが落ち着いとるわ
軟投派と言われるが、ある評論家いわく、時々剛速球をほおるらしい
果たしてどうなることやら。。。しかし、この饅頭あまりにも普通じゃ!

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2007年10月 8日 (月)

第二次秋葉出陣

Akiba 皆の者、執着至極である。おまちかね(?)秋葉出陣の第二段報告を致そう。我が城を盛り上げるためにまずメイドさんに登場頂く。いつものとうり午後一に電気街改札に到着。3連休でめちゃめちゃひとがおるわい。ふとみればいつものようにメイドさん達がビラをくばっておるのだが、記念写真をとっている者殿がおるでないか。わが近習が申すには基本的には頼めないらしいが中にはかまわないものが数人おるようだ。彼は秋葉に関して情報通である。そうとわかれば、嫌がる近習を説き伏せ、さっそく一枚。調子こいて他のメイドさんにも丁重に頼んでみたがすべて断られた。が頼むにはまずビラをもらってからが礼儀であるので、帰って鞄の中見ればでてくるでてくる。で不幸にもとられたメイドさんだがビラの一枚の絵と手に持ってる絵が一致しているのを見ると、どうもイベントで呼ばれたキャラっぽい。いずれにしても丁寧な応対、この場をかりて信長、礼を申したい。さて本日はまた電子部品あさりにやってきた。近習の物欲に比例して行くことが多いが、そもそも数ある電子部品なんか一生かかっても全部あつまらんわい。手持ち絶対量が少ないので回路図書いてるうちに抵抗やコンデンサの数値が違うだけでまたアサリにくる。そして関係ないものかっちまう。といっても単品値段が小さいので総額でも2.5K円ぐらいだったがな。買ったあとの報告は近習が報告しておるゆえ、そちらも参考されたし。連休中からか路上LIVEもたくさんやっておったな。歩き疲れ後のいっぷくはコメント報告がかぶっとるがネットカフェで。まぁ比較的充実した日やったな。その夜はバクスイじゃ。

2007年10月 7日 (日)

本日は晴天なり

これより秋葉に出陣致す
皆の者、わしに続けぇ!

2007年10月 5日 (金)

信長の話-1

皆のもの大儀である。今日はわしの歴史の勉強をしてもらおう。幼名は吉法師。時は戦国時代、南尾張の守護職の家臣のそのまた家臣の織田信秀の子として生まれ家督をつぐ。日本全国で戦争をやっているご時世がら、尾張も本来あるべき守護の権威は衰え、下克上の世である。そんな中、信秀は近辺の美濃/三河勢と競り合いながらも徐々に勢力を拡大しつつあった。しかし病により40歳という若さで亡くなり、ここで信長の出番となる。幼少より、癇が強く乳母たちの乳首を噛み切ったり、かりにも小大名クラスの御曹司が肩肌ぬぎ、茶筅髷、腰にはひょうたんをたくさんつけ、虎の皮を巻いて、町中を荒くれものと闊歩しておったという。第一級の資料書"信長公記"(著書は信長の弓家来衆)ですら、このなげやり評価である。通常、伝記書などはプロパガンダにより時の権力者の顔色を伺いながら子供のころから利口であったとか辛抱強かったなどと書くものが多い。秀吉などは特に出所が不明のため、天子(天皇)の子孫であるとも書かせている。つまり信長はかなりの変わったひとであったと思われる。このほかにも父の葬儀にて家臣や坊主どもが何百人もいる中で位牌にむかって香を投げつけたなど有名な話じゃ。家臣の平手政秀はこれを戒めるため腹までをも切ったという(一説には信長との不仲説もあり)。このような有様でありながら、なぜか父以上の働きで尾張を統一することになる。ひとつは信長の徹底した合理性と、戦があれば先陣切って敵方につっこむという行動で当然のように威信がまし家臣どもを束ねられたのではないか。いつの時代もひっぱれる人間にはついていくもんである。では続きはまたにしよう。

2007年10月 1日 (月)

南蛮菓子

本日、南蛮人より貴重な菓子を入手致した
皆の者これをあがめよ!
名は"もえたん"
鞄の中にいれとったのでバラバラにくだけとったが。。。
でもうまかった´ー`
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